スイッチングトランスとは?
スイッチングトランスとは変圧器のことです。スイッチング電源において、1次側の電気エネルギーを一旦磁気エネルギ-に変換して、絶縁された2次側に送り、電気エネルギーに戻し伝達するという、非常に重要な部品です。簡単に言うと入力された電気エネルギーは、いったん磁気エネルギーに変換され、再び別の巻き線で電気エネルギーに変換されることで電力変換を行います。このエネルギー変換・伝達を行うインダクティブデバイスとして、絶縁タイプのスイッチング電源には、不可欠な部品となります。
スイッチングトランスの特徴
特徴①:変圧・変流機能
1次側と2次側それぞれの巻き数比によって、電圧・電流を変換します。電圧は巻き数に比例し、電流は巻き数に反比例します。
特徴②:電気的絶縁
巻き線間は電気的に接続されておらず、絶縁されています。これにより、入出力間の安全な絶縁を確保します。
特徴③:エネルギー伝達
1次側に印加された交流電圧によりコアに磁束(磁気エネルギー)が発生し、この磁束が2次側巻き線を通過することで電磁誘導を起し、エネルギーを伝達します。理想的には、この磁束は閉ループを作ります。
特徴④:励磁電流
スイッチングトランスには必ず励磁電流が流れます。これは磁気回路を励起させるために必要な電流であり、2次側がオープンでも1次側に流れます。励磁電流が小さいほど、エネルギー変換効率は100%に近づきます。
特徴⑤:漏れ磁束と漏れインダクタンス
コアを通らずに外部に漏れたり、 巻線間に適切に結合しない磁束を漏れ磁束と呼びます。これにより生じるインダクタンスが漏れインダクタンスです。漏れインダクタンスに蓄えられたエネルギーは、スイッチング時に高いサージ電圧やノイズの原因となります。
特徴⑥:設計の複雑性
単純な構造に見えますが、多岐にわたるパラメータを持ち、コアの目に見えない動作特性によって特性や動作状態が決まるため、最適化された設計は容易ではありません。
スイッチングトランスの種類
スイッチング電源には、用途や回路方式に応じて様々な種類のスイッチングトランスが使用されます。
種類①:出力スイッチングトランス
スイッチング電源の主要部品で、電圧変換と絶縁を行います。回路方式により、その動作や設計思想が大きく異なります。
種類②:フォワードコンバータ用スイッチングトランス
フォワード方式で使用され、1次側スイッチがONの時にエネルギーを2次側に伝達します。スイッチングトランスに蓄えられた励磁エネルギーを放出する磁気リセットが不可欠です。
種類③:フライバック・コンバータ用スイッチングトランス
フライバック方式で使用され、1次側スイッチがONの時にエネルギーをスイッチングトランスに蓄積し、OFFの時に2次側に放出します。
種類④:ドライブスイッチングトランス
パワーMOSFETなどのスイッチング素子の駆動に使用されます。
種類⑤:CT (電流スイッチングトランス)
電流検出に用いられ、UU形コアなどが使用されます。
使用される材料や構造による分類
分類①:リッツ線を用いたスイッチングトランス
高周波での表皮効果や渦電流損を低減できます。
分類②:3層絶縁電線を用いたスイッチングトランス
高電圧用途で絶縁を強化。層間紙やバリアテープの一部を省略できる場合があります。
分類③:平角線を用いたスイッチングトランス
大電流用途(5-60A以上)で、占積率を高く取れます。
コアの形状による分類
EE, EI, EER, PQ, EPC, UU, トロイダル(リング)形コアなど、用途や要求特性(小型化、薄型化、大電流対応など)に応じた様々な形状があります。
スイッチングトランスの選定・設定(設計・製作)における注意点
スイッチング電源におけるスイッチングトランスの設計は、電源の特性、効率、信頼性、そして安全性に大きく影響するため、細心の注意が必要です。設計ミスは重大な事故や障害につながる可能性があります。同じ材料で同じ巻き数でも、巻き方一つで特性に変化が生じます。
注意点①:安全規格への準拠と絶縁設計
- 各国の安全規格に基づき、使用条件に応じた必要な絶縁距離(沿面距離、空間距離)を確保することが最重要です。常に最新の規格を確認する必要があります。
- 絶縁距離を確保するために、バリア・テープ、層間絶縁テープ、外装絶縁テープなどを適切に使用します。
- 巻き始め/巻き終わり、電線の引き出し部など、絶縁が不足しがちな箇所に特に注意し、クロスオーバ・テープや絶縁チューブなどを用いることがあります。
- 高電圧を扱う場合や特定の安全要求には、3層絶縁電線の使用を検討します。
- 設計したスイッチングトランスの絶縁性能は、絶縁抵抗測定や絶縁耐圧試験によって確認します。1次側と2次側間は高い耐圧が必要です。また、安全規格により要求される電圧値が変わりますので確認が必要です。
注意点②:コアの選定と磁気飽和の回避
- 用途や回路方式に合わせて、適切な磁気特性、形状、大きさのコアを選定します。コア材の特性に応じた最適な設計が必要です。
- 磁気飽和を起こさないように設計することが非常に重要です。磁気飽和とは、コアの実効透磁率が低下しインダクタンスが低下する現象です。
- 回路方式によっては、磁気リセットが適切に行われないと磁気飽和を起こし、スイッチングトランスが機能しなくなります(例: フォワードコンバータ)。可飽和リアクトルなども毎周期の磁気リセットが必要となります。
- 直流電流重畳により磁気飽和する可能性があるため、注意が必要です。
注意点③:電流容量とサイズ
- 流れる電流の大きさに応じて、十分な太さの巻き線が必要です。これにより直流抵抗(Rdc)による銅損や温度上昇を抑えます。
- 適切な太さの巻き線を巻くためには、適切な寸法のコアを選択する必要があります。必要以上な小型化は損失増加や温度上昇を招く可能性があります。
注意点④:損失と温度上昇
- 巻き線の銅損、コアの鉄損、コアの渦電流損、高周波での表皮効果による損失などが存在します。
- これらの損失は温度上昇を招き、特にコア材の損失は温度と共に増加し、熱暴走に至る可能性もあるため注意が必要です。
- 損失低減のために、リッツ線や適切なコア材の選定、設計が重要です。
- 設計したスイッチングトランスは、定格負荷状態で表面温度を測定し、確認する必要があります。
注意点⑤:巻き方と巻き線間結合
- 巻き方はスイッチングトランスの特性に大きく影響します。絶縁性能や結合度を高めるために、多層巻き、層間テープ、スペース巻き、並列巻きなどの手法を適切に用います。
- 巻き線間の結合度は非常に重要であり、結合が悪いと漏れインダクタンスが増加し、効率低下やスイッチング時のサージ電圧増加を招きます。漏れインダクタンス成分を低減する設計が重要です。
- 低電圧出力で巻き数が少ない場合でも、漏れインダクタンス低減のため結合に配慮します。
- 漏れ磁束対策として、コアのギャップ周辺に電磁シールド(シールドリングなど)を行うこともあります。
注意点⑥:巻き数計算とインダクタンス調整
- 必要な電圧変換比から巻き数比を計算します。計算結果は必ずしも整数にならないため、端数の処理に注意が必要です。特に低電圧出力で絶対巻き数が少ない場合、0.5ターンの誤差も全体の比率に大きく影響します。
- 計算した巻き数で巻いても所定のインダクタンスにならない場合がほとんどです。インダクタンスは、コアにギャップ(空隙)を設けることで調整します。ギャップにはスペーサ・ギャップやセンタ・ギャップがあります。
注意点⑦:ボビンの選定とコアの固定
- 一般的に専用のボビンを使用して巻き線を行います。ボビンの材質や入手性を確認します。
- 巻き終わったスイッチングトランスのコアは、ボビンとしっかり固定する必要があります。テープ、接着剤、あるいはワニス含浸が用いられます。ワニス含浸は動作中のうなり音防止にも特に有効です。
- 四角いボビンに巻く際は、巻き太りを防ぐために角をきちんと直角に曲げて巻く必要があります。
注意点⑧:ノイズ対策
スイッチング電源はノイズ源であり、スイッチングトランスも漏れインダクタンスなどによりノイズを発生させます。外部へのノイズ放出を防ぐために、ノイズフィルターが不可欠です。コモン・モード・コイルなどがノイズ対策に用いられます。
注意点⑨:測定による特性確認
設計通りに作られているか、要求特性を満たしているかを確認するため、完成品に対してインダクタンス、直流抵抗、巻き数比、直流電流重畳特性、漏れインダクタンス、絶縁抵抗、絶縁耐圧、温度など、様々な測定を行います。
スイッチングトランスはスイッチング電源の性能、信頼性、安全性に直結する部品であり、その設計・製作は経験とノウハウが求められます。これらの注意点を十分に考慮して設計を行うことが、安定した高効率な電源を実現するためには、不可欠となります。
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