高周波トランスの設計でよくある勘違い・ミス
高周波トランスは、スイッチング電源をはじめ、現代の電子機器に不可欠な部品です。その設計は一見単純に見えますが、実は多くの落とし穴が潜んでいます。もし設計を誤ると、性能不足、発熱、ノイズ増加、さらには製品の信頼性低下につながりかねません。
そこで本記事では、高周波トランスの設計においてよくある勘違いやミスを具体的に解説し、より良い設計を行うためのヒントを提供します。
①トランスのピン配列を誤る
電子部品のデータシートを読む際、ピン配列の図は非常に重要です。しかし、高周波トランスのピン配列を見る角度を間違えてしまうという、意外と多いミスがあります。
よくある問題
- データシートのピン配置図を「上から見た図」として認識し、実際に部品を基板に実装する際に「下から見て」配線してしまう。
- 逆に、「下から見た図」として認識し、上から見て配線してしまう。
なぜ問題なのか?
ピン配列を誤ると、意図しない回路接続となり、以下のような問題を引き起こす可能性があります。
- 回路の誤動作: 電源が出力されない、意図しない電圧が出力されるなど、回路全体の機能が損なわれます。
- 部品の破損: 誤った電流や電圧が部品に加わり、最悪の場合、トランスや周辺部品が破損する可能性があります。
具体的な対策
- データシートの注意書きを熟読する: ピン配置図が「Top View(上面図)」なのか「Bottom View(底面図)」なのか、必ず明記されています。
- 実装前に必ずテスターで確認する: 回路図と部品のピン配置を照らし合わせ、テスターで導通確認を行うことでミスを防げます。
- 部品のマーキングを確認する: トランスによっては、ピン番号やドットマークなどの目印が付いている場合があります。これらも参考に、正しいピン配置を確認しましょう。
②マージンをとりすぎる
設計において、安全を見て大きめの部品を選定したり、定格に対して余裕を持たせたりすることは重要です。しかし、過度なマージン設定は、コストアップや部品サイズの増大につながる可能性があります。
よくある問題
- 必要以上に大きなコアサイズを選定し、トランス全体のサイズと重量が増加する。
- 耐圧の高い絶縁材を過剰に使用し、材料費が高くなる。
- 許容電流の大きな巻線材を選定し、銅線の使用量が増える。
なぜ問題なのか?
- コストの増加: 部品単価の上昇、材料費の増加により、製品全体のコストが上がります。
- サイズの増大: トランスが大型化することで、製品の小型化・軽量化の妨げになります。
- 性能への影響: 過剰なマージンが、かえって効率低下や応答性の悪化につながる場合もあります。
具体的な対策
- 必要なスペックを正確に把握する: 回路の動作条件(電圧、電流、周波数など)を詳細に分析し、本当に必要なスペックを見極めます。
- 適切な安全率を設定する: 安全規格や製品の信頼性を考慮しつつ、過剰にならない適切な安全率を設定します。一般的には、温度上昇や電圧変動などを考慮する必要があります。
- 過去の設計事例を参考にする: 類似の電源回路やトランスの設計事例を参考に、適切なマージン設定の目安とします。
③漏れインダクタンスを悪だと思い込む
従来のトランス設計では、漏れインダクタンスはノイズの原因となるなど、一般的に低減すべきものと考えられてきました。しかし、近年注目されているLLC共振型DC-DCコンバータなどの回路では、漏れインダクタンスが重要な役割を果たす場合があります。
よくある問題
- LLC回路の設計において、漏れインダクタンスを極力小さくしようと設計してしまう。
- 漏れインダクタンスの値を正確に制御することの重要性を認識していない。
なぜ問題なのか?
- LLC回路の動作不良: LLC回路は、トランスの漏れインダクタンスと外部のコンデンサとの共振を利用して効率的な電力変換を行います。漏れインダクタンスが極端に小さいと、共振動作が適切に行われず、効率低下やスイッチング素子のストレス増加につながります。
- 共振周波数のずれ: 漏れインダクタンスの値が設計値から大きくずれると、共振周波数が変動し、所望の特性が得られません。
具体的な対策
- LLC回路の原理を理解する: 漏れインダクタンスがLLC回路においてどのような役割を果たすのか、その原理を深く理解することが重要です。
- 漏れインダクタンスを積極的に利用する設計: LLC回路では、意図的に漏れインダクタンスを設ける設計が一般的です。
- 漏れインダクタンスの制御技術: トランスの構造や巻線方法を工夫することで、漏れインダクタンスの値を制御することが可能です。設計段階で目標とする漏れインダクタンスの値を設定し、それを実現するための構造を検討します。
④ICメーカーのアプリケーションノートに書かれている設計方法をそのまま採用してしまう
ICメーカーのアプリケーションノートは、特定のICを効率的に使用するための推奨回路や部品情報が記載されており、設計ガイドとして非常に役立ちます。しかし、そこに記載されているトランス設計が、必ずしも求める電源回路に最適であるとは限りません。
よくある状況
- アプリケーションノートに記載されているトランスの仕様(インダクタンス値、巻数比、コアサイズなど)をそのまま採用してしまう。
- 実際にその電源に求められる条件(入力電圧範囲、出力電圧、出力電流、効率、安全規格など)を十分に考慮しない。
なぜ問題なのか?
- 性能不足: アプリケーションノートの設計は、あくまで特定の条件下での動作を想定したものです。実際の電源回路の要件を満たせない場合があります。
- 安全規格への不適合: 沿面距離や絶縁耐圧などの安全規格は、製品が使用される環境や用途によって異なります。アプリケーションノートの設計が、自身の製品に必要な安全規格を満たしているとは限りません。
- コストの高騰: アプリケーションノートの設計が、必ずしもコスト面で最適とは限りません。より安価な部品で同等の性能を実現できる可能性があります。
具体的な対策
- 電源回路の要件を明確にする: 入力電圧範囲、出力電圧、出力電流、効率 動作温度範囲、安全規格など、自身の電源回路に求められる全ての要件を明確にリストアップします。
- アプリケーションノートの情報は参考程度に捉える: アプリケーションノートは参考情報として活用し、求める要件に合わせて設計を調整する必要があります。
- 安全規格を遵守する: 設計段階から、適用される安全規格(UL、CE、PSEなど)を十分に理解し、沿面距離や絶縁耐圧などを満たすように設計する必要があります。
- 部品選定の自由度を持つ: ICメーカーが推奨する部品だけでなく、他のメーカーの同等品や代替品も検討し、コストや性能面で最適な部品を選定します。
- 専門家への相談: 高周波トランスの設計に不安がある場合は、トランスメーカーや設計コンサルタントなどの専門家に相談することを推奨します。
まとめ
いかがでしたでしょうか。今回は高周波トランスの設計でよくある勘違い・ミスについてご紹介いたしました。電源開発・設計ソリューションを運営するペック株式会社では、お客様の用途に合わせて最適な仕様の高周波トランスを設計・製造まで一貫して対応いたします。お困りの方はお気軽にご相談ください。
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